ブログと私(Blog and I)

大学一年の音楽論評笑

Afterword 2:Disclosure

UKのダンスデュオ、Disclosureが2017年にTwitter上で手書きの紙を一枚アップロードした、その紙では結成してからの7年間のキャリアに手短な感謝を述べ、そしておそらくファンが最も望んでいない「活動休止」という内容にも触れられていた。
Disclosureは2017年2月の時点で発表されていない幾つかのアナウンスと自身が主宰するWILD LIFE FESTの開催を最後に、「少しの休養」をとることとなった。
いつかのカムバックも宣言されているが、ここで一応の区切りということになるだろう、この記事では改めてDisclosureというイギリスの少年2人がいかにして世界的なミュージシャンとなったか、そして彼らが何を成したのかを振り返りたい。

 Early Life

Disclosureはガイローレンス(兄)とハワードローレンス(弟)による兄弟デュオである、プロミュージシャンの両親元で生まれた影響もあり幼いころからギターやベース、ピアノやドラムといった楽器を演奏していたため、平均的な家庭よりも音楽が身近にあったことは確かだろう、しかし彼らが演っているビートを重視したダンスミュージック、エレクトロミュージックとの出会いはガイ(兄)が両親の直接的な影響とは別で、クラブに足を運ぶようになってからのようだ。
そして当時18歳であったガイがクラブで聴いた音楽を弟にも聴かせているうちにそれらがどのようにプロデュースされているか、という点に興味を抱きラップトップでの制作を始めた。
彼らが音楽を作っているうえで大きなベースとなったのはやはり、UKで脈々と受け継がれてきた独自のクラブカルチャーであろう。
例えば、BurialやJames Blakeに代表されるダブステップ、ポスト・ダブステップの影響はインタビュー等で度々言及しているし、2Stepの中心人物であったArtfulDodgerのリミックスも手がけている、このことからも大いにUKのベースミュージックシーン、つまり彼ら2人が過ごした数多のナイトライフが音楽的な基盤となっている。


Burial - Archangel


Please Don't Turn Me On - Artful Dodger (Disclosure Remix)

 しかし、あくまでこれらのUKのクラブミュージックが彼らに与えた影響が音楽的な基盤となったというのは少し過ぎた表現かもしれない、これらはあくまで「一部分」というべきであり、2人がこの7年間で織りなしてきた音楽はUKのクラブミュージックと形容するには足りない、様々なジャンルをクロスオーヴァーしたサウンドになっている。特にデトロイトテクノとシカゴハウスといったジャンル、そして少し驚くかもしれないがJDillaのようなヒップ・ホップに対するリスペクトも巨大だ。
下記のリンクはDisclosureがBBCのRadio1で行ったミックスで、2時間にも及ぶミックスはDisclosure自身の曲も織り交ぜつつ彼らが大きな影響を受けてきた重要人物たちの曲を纏め上げている。


Disclosure Radio 1 Essential Mix - HQ

さらなるルーツを探るには"What's In My Bag"を見るべきだ、これはサンフランシスコとロサンゼルスに店舗を構える世界最大級のインディペンデント系レコードショップの"Amoeba"が同店に訪れたミュージシャンにレコードをセレクトしてもらい、それらを選んだ理由やエピソードを語ってもらうという企画だ。
やはりというべきか、JDillaを始めとしてGang StarrATCQなどのヒップ・ホップ系のレコードをセレクト、さらにErykah BaduAlicia keysを選んだのは少し意外かもしれないがJDillaの強烈なファンであることを考えるとヒップ・ホップというよりもジャズやR&Bのようなブラックミュージックに対する影響が大きいことの現れなのだろう。

 

2010~2013

2010にはデビューソングとなる"Offline Dexterity"をUKのロンドンを拠点とするレーベルMoshi Moshi Recordsからリリース、インパクトのあるスネアを多用したビートプログラミングはファーストアルバムのSettleで見られる楽曲と比較するとラフだが、スナップの異様なピッチ具合など、既に彼ららしい音が随所に散見される。


Disclosure - Offline Dexterity

2011年にはHotChipのJoe Goddard率いるレーベルGreco-Romanから2枚めのEPとなるThe Faceをリリース。サウンドのルーツでも解説したが、もちろん彼ら2人にダブステップ、ポスト・ダブステップに対する影響は大きいが、このEPでの大きなベースとなっているのはR&Bやジャジーなコード進行であり、またボーカルの処理等は2stepの重要人物MJColeを連想させる。


Disclosure feat. Sinead Harnett - Boiling

 

そして2013年には早くもファーストアルバム"Settle"がリリースされた。
Myspce上で楽曲をアップロードし続け、わずか2010年にはレーベルから曲をリリースして、さらに兄は21歳、弟は18歳になったばかりの段階でフルレングスのアルバムをリリースしたというのは驚異的だろう。
本当に若干二十歳周辺の青年が作りあげたと言われたら疑わずにはいられないような完成度だ、アルバムのハイライトは先行シングルの"Latch"と"White Noise"であろう、チャート入りも果たし、名実ともにDisclosureをメインストリームのスターに押し上げたこの曲は「しっかりとした音楽性のあるハウスミュージック」をコンセプトに作られた、実際に曲はヒットしUKのチャートでは11位、アメリカでは2012年のリリースから少し経った2014年にチャートインした。ちなみにフィーチャリングしているSamSmithは今でこそグラミーで幾つもの賞を獲得している世界的ボーカリストであるが、今作が自身のフィーチャリング曲では初となるチャートインとなり、「Adeleのライブで前座を務め失敗したイマイチなボーカリスト」が注目されるきっかけを作った。
Disclosureとは作曲家のJimmy Napesの紹介で出会い、それ以来懇意になり二枚目もアルバムのシングル("Omen")でもフィーチャリングしている
"White Noise"ではロンドンの2人組Aluna Georgeを招聘し、ディープハウスを思わせる曲を展開した、ボーカリストのAlunaFrancisはいわゆるEDM系のDJ、プロデューサーともよくフィーチャリングしているがそれに先駆けてDisclosureの2人が目をつけたところはさすがだ。


Latch Feat. Sam Smith


Disclosure - White Noise ft. AlunaGeorge (Official Video)

またこのアルバムでサンプリングはほとんど使われていないが、"Grab Her"では例外的にJDillaの曲がサンプリングされている。


Disclosure - "Grab Her" (Official Video)

このアルバムを聴くと、彼ら2人がどれだけ色々なジャンルの音楽を吸収していたかがよくわかる、いわゆる2013年のど真ん中の流行りにあるような音楽とは距離を置いているが、自分達が過ごしたナイトライフの中で培われた精神はキッチリと本作でも受け継がれ基本的な4つ打ちはまさにクラブライクであるが、多彩なゲストボーカルを招いたことでストイックになりすぎず、また彼らの愛するハウスやヒップ・ホップへのリスペクトがこのアルバムがUS、UKを問わず世界のナショナルチャートに新たな風を吹き込んだ要因になったのは確かだ。
そしてなんといっても有名無名を問わない様々なジャンルが大胆にクロスオーヴァーされた今作品の着地点がキッズでもしっかり盛り上がれてしまうポップスであったのはDisclosureの圧倒的なセンスがあってのことであろう。

彼らの音楽的な姿勢やこだわりも守りつつそれらの表現をポップスというフィールドでやってのけたのは簡単なことではない、アルバム最終曲の"Help Me Lose My MInd"はイギリスのグループLondon Grammarとのコラボレーションだが、ハウス、ダブステップガラージといった彼らのテリトリーとはまったく別のジャンルから招聘したことも彼らが小さなジャンルという範囲をいとも簡単に飛び越えたところで音楽を作る、という意図が垣間見える。


Help me lose my mind - Disclosure ft. London Grammar Traduction

 アルバム収録曲ではないが、ジャンルを飛び越えるミュージシャンとしてDisclosureを捉えたとき、Sam Smith、Jimmy Napes、Nile Rodgersを客演に迎えた"Together"も非常に面白く聴けるだろう、iTunesのみのリリースで曲も2分台と短いが、クールな曲だ。


Sam Smith x Nile Rodgers x Disclosure x Jimmy Napes - 'Together' (Lyric Video)

 

Live Performance

Disclousreといえばライブパフォーマンスも大きな特徴だ。もともと幼少期の頃から楽器に触れていたこともあり、ライブはDJではなくAbletonなどのソフトウェアで様々なサウンドやエフェクトを制御し、自分達はシンセやベースなどの楽器を生演奏するというハイブリットな構成になっている。昨今の事情としてDJプロデューサーが増えて、それらが「ボタンプッシャー」などと揶揄されるようになり、また普通のミュージシャンたちの口パク問題などが叫ばれる中、先進的なライブパフォーマンスを導入して常にクオリティの高いショーマンシップを守り続けているのは素晴らしい。

彼らの詳しいライブパフォーマンスのセットアップは下記の動画を参照(英語)             自らがどのような機材を使用しているのか、かなり詳しく解説してくれている。


Studio Science: Disclosure on their live set-up | Red Bull Music Academy

Pitchforkがパリで開催しているPitchfork Music Festivalでのパフォーマンスは必見。 ちなみにPitchforkでは彼らのアルバムSettleがBest New Albumに選出されている。


Disclosure | FULL SET | Pitchfork Music Festival Paris 2013

 もちろんDJとしてDJパフォーマンスもやっていないわけではない、BBCの1XtraではDJTargetとのB2Bも披露している。1Xtraは前述したDisclosureのEssential MixをやっているRaido1の兄弟局であり、前者はデジタルラジオ専門であり後者はアナログラジオ(FM)でも放送しているという違いがある。


Disclosure B2B with DJ Target

またKitchen Mixと呼ばれるその名の通りDisclosureが自宅のキッチンでDJプレイを行う動画がある。これはロンドンの有名クラブFabricが"ドラッグ売買の温床"になっているとして閉店に追い込まれた際にDisclosureが反対運動の一環として行ったもので、結果多くの署名活動の賜物もありFabricは閉店を免れた。


Disclosure Kitchen Mix #2

 

2014~2016

2014年にはいきなりFriend Withinとコラボレーションしたシングル"The Mechanism"をリリースした、Friend WithinはDisclosureもDJのミックスで度々セレクトしていることからもどちらかと言えば満を持してのコラボと言うべきだろう。          タイトルが示すとおり非常にメカニズムな曲でビート等のリズムは愚かドロップ部分に当たるシンセの音もメロディというよりはリズムを補強したものになっている、今までジャズやR&Bを倣ったコード進行で曲を展開してきたにもかかわらず2014年いきなりのシングルがコレとは驚きだ、ちなみに途中に挿入されているボーカルサンプルはアメリカ出身のメンタルコーチであり有名なヒップ・ホッププリーチャー、Eric Thomasの声だ。


Disclosure x Friend Within - The Mechanism

 

そして、2015年には2年ぶりとなるセカンド・アルバム"Caracal"がリリースされた。 タイトルのカラカルとは耳の長い猫のような動物でアルバムのアートワークにも大胆にこの奇妙な動物の正面アップが使用されている。
当のアルバムといえば、下馬評は少し別れているというのが正直なところだろう。 BPMを前作と比較してぐっと抑えてきたのは前作以上に豪華で多彩なゲストボーカルをしっかりと聴かせるという意図を含んでいるのだろうが、なにせ音楽に疾走感がない、物足りないというのが第一印象であった、前作がまさに汗の飛び散るクラブの情景が容易に想像できたのに対して、今作はよりジャジーでR&Bのような体裁を整え、ポップスとしての様相を強めてきた雰囲気だ。アルバム全体としては「夜」という時間にピッタリではあると感じたが、それがクラブカルチャーのような怪しいものでは決して無く、むしろ「夜のドライブ」や「寝る前の静かな夜」といった空気をまとっている印象だ。しかし、ぎゃくにコレを単なるポップスとして捉えてしまえば完成度は圧倒的に高い。Sam Smithのような馴染みの顔からKwabs、Lion BabeやNaoなどの注目のニューカマーともコラボをしつつ、The WeekndやLoedeのような今の大スターとも共演している。それらの一癖も二癖もあるミュージシャンたちを集めてアルバムという一連のフォーマットに纏め上げた手腕には脱帽するしか無い。
しかしながら、このアルバムが彼らのキャリアにとっても、また今の音楽シーンにとってもまったく無意味かと言われれば断じてそれはない。
ジャズボーカリストであるGregory Porterと組んだ3曲目の"Holding on"はコテコテのクラブトラックにジャズ・ボーカルが乗っけられた非常にご機嫌な曲に仕上がっている。このテンションを全編に渡って…というのは少し欲張りなのか、それとも変化を好まない悪いファンの典型例なのかもしれない。


Disclosure - Holding On (Official Audio) ft. Gregory Porter

このアルバムは良く言えばDisclosureのサービス精神が作った良作だ。

Settleのリリースはその年のサウンドを決定づけ、多くのキッズ達は彼らのサウンドで踊ることができた、その時点でDisclosureは自分達の作品がただの独りよがりではなくどこにでもいる18歳の青年達が理解できるようなものにしなければならない、つまり自分達のサウンドの探求という個人的な部分とポップスとしての音楽という部分との両義性のもとに作ることを余儀なくされたのではないだろうか。
そういう点で見ればまだまだこの作品は大きな価値を発揮すると思うし、賛否が分かれている中でもDisclosureはやるべきことをやり作品を完成させたとみるべきだ。
しかし、もっと自分達の作家性を全面に押し出しても良かったとは聴いてて常々思う。ちなみに余談にはなるが、日本版のボーナストラックに収録されたMooving Mountainは ボーナストラックにはもったいないくらいカッコイイ曲だ。


Disclosure - Moving Mountains (Live at Sydney Opera House)

ちなみに2015年にリリースされて、このセカンドアルバムのリードシングルではないかと噂されて、実際はアルバムに収録されなかった曲"Bang That"は313 Bass Mechanicの"Pass Out"をサンプリングした原点回帰的な曲に仕上がっている。        ハードなビートにボーカルのサンプリングというシンプル、というよりもストイックな構成はやはり"Caracal"の持つ雰囲気とは解離がありすぎるだろう。


Bang That // Disclosure @ The Troxy, London

 

Disclosureのリミックスワークに触れてこなかったが、2016年にはオーストラリアのDJ、プロデューサーであるFlumeの"Never Be Like You"をリミックスした。ちなみにFlumeはDisclosureの"You&Me"のリミックスで注目を集めたという経緯があるため今回はそのお返しという形でリミックスが実現した。コメント欄は非常に荒れているが気にせず音楽を楽しもう。


Flume - Never Be Like You feat. Kai (Disclosure Remix)


Disclosure - You & Me (Flume Remix)

 

引退

 初めにも書いたとおり、Disclosureが2017年をもって「少しの休養」をとることとなった。最後の作品は突如サプライズ的に発表された3曲入りのEP"Moog For Love"となる。Al GreenGeorge Bensonなどをサンプリングした本作は彼らの原点にあるハウスを大胆にフィーチャーした構成となっており、最後の最後に自分達の最初にいた場所に戻っていく結末はなんとも感慨深い。必ず戻ってくることは約束しているがそれがいつになるかはわからない、意外と早く戻ってくる可能性もあるし、本当に何年間も帰ってこないかもしれない、それよりも、そんな予想の範疇を超えることが出来ない話はせずに、今はこのサプライズを噛みしめるべきだ。


Boss - Disclosure