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大学一年の音楽論評笑

Afterword: Avicii

 

Afterword:Avicii

スウェーデンの音楽プロデューサー、DJのAviciiが2016年いっぱいでDJ活動を当面の間中止することを発表した。
公式サイトの本人による声明文ではマネージャーやファンに対する素直な感謝を綴り、
またカムバックすることを仄めかしながら自分のDJ活動のキャリアに暫定的なピリオドを打った。
そして一年ほどの時が流れ2017年8月10日、多くのオーディエンスが想像していたよりも早く新たなEP「AVĪCI」がiTunes等の各オンラインサービス、ストリーミングサービスにてドロップされた。
このEPをAviciiの新たな始動と位置付け、今回の記事ではそれに至るまでの彼のキャリアを紡いできた音楽とともに紹介していきたい。

 


Avicii - Lonely Together “Audio” ft. Rita Ora(New EPからの曲)

 

Early Life

Aviciiはスウェーデンストックホルム出身のDJだ、われわれ日本人の多くが北欧と呼ばれる国々を想像したとき思い浮かべるのは、IKEAに代表される「北欧家具」や玩具の「LEGO」であろうか、また近年欧米を中心にブームを巻き起こしている「ヒュッゲ」のような先進的なライフスタイルか。
しかし、日本であまり多く語られることはないが2017年現在のUSを中心とするメインストリームの音楽は北欧の作曲家に深いつながりを持つ。MaxMartinをはじめとする北欧の作曲家はMaroon5やTaylerSwiftなどの有名ミュージシャンのソングライティングを手がけている。
現代のビルボードを席巻しつつある彼は既に全米シングルチャート1位の獲得回数が レノン=マッカートニーのトップ2に次ぐ3位となっていて、これは北欧の作曲家がどれほどUSのメインストリームに影響力を持っているかの好例だろう。
そんななかストックホルムの若者DJが自作自演でアメリカの巨大なフェスを盛り上げ 世界的にヒットしたという事実はそこまで驚くようなことでもないはずだ。

 

まずはじめに、彼のキャリアを語る上で「EDM」というキーワードは外せない。
EDMはアメリカの広大な土地を活かしたフェス文化とヨーロッパのクラブカルチャーが結びついて起きた、音楽的にも産業的にも00年代以降では最も巨大なムーブメントではないだろうか。
現代はインターネットなどのメディアが発達したことによってオーディエンスが音楽の情報を得る際、独占的なメディアに縛られることはない、それは大勢の若者が1つの音楽を聴くという現象、つまり「ムーブメント」という現象の発生を起きづらくし、世界のどこかで起きている大小様々な音楽は断片化の様相を呈し、それらはいわば「小さなムーブメント」として一部のコミュニティやその土地に根を下ろして聴き続けられる ポジティブに考えれば音楽が多様化の一途を辿り、自分がインターネット等の様々なメディアを使いこなせれば、自分にとってよりクリティカルな音楽が発見できる可能性を手に入れたとも考えられる。
これを音楽の前進かそのまた逆と捉えるかかはもう少し時間を要するようだが。
そんな時代のなかでEDMという巨大なムーブメントが起きたのはそれが中身のない空っぽのようなモノに思えても、また産業的に仕組まれたハイプのように見えても、音楽ギークにとっては思いもよらないギフトだと考えるのが良いように思える。


ともあれまだアーティストとして、またEDMという巨大な嵐の目のなかでセルアウトしていない頃からAviciiとそのマネージャーはとてつもないハードワーカーであることは確かだった。Avicii本人は大学で社会学や経済学を学ぶ傍に一週間に最低3曲は仕上げてそれをBeatportにアップしていた、マネージャーはDJのプレイやリミックスの仕事などを持ってきて、Aviciiがアーティストとしてストレスなく歩めるような環境作りを徹底した。
この2人の出会いはAviciiが世界的に名を知られる前のキャリアで最も大きくそして重要なイベントと言っても過言ではないだろうか、アーティストはビジネスマンではないがビジネスとして成功しなければアーティストとして生きていけない、産業化した芸術形態(音楽に限らず)はこの矛盾をどう解決するかが1つの問題であるが、その多くはアーティストと有能なマネージャー、(ときには保護者のようにも思える)が出会うことによって解決されるようだ。ご多分に漏れずAviciiもAsh Pournouriという強力なパートナーを得て自分のAviciiとしてのキャリアを確実なものにしていく。
こうして2人は二人三脚でやってきて、EDMという巨大な嵐に飲み込まれていくわけだが、本当にこの2人の絆は厚いようだ、Aviciiの引退声明文でも自分たちの関係を陰と陽に例えたように、お互いがいなければここまでの成功はなかったはずだ。
その関係はまるでThe BeatlesとBrian Epsteinのようだ。

 

2010〜2012

2011年はAviciiにとって大きなブレイクスルーとなった、ダンスアンセム「levels」の
リリースだ。


Avicii - Levels(2011)

10カ国以上のチャートでトップ10入りを果たし、世界的に名を知らしめる契機となった。この曲はEtta Jamesゴスペルソング”Something's Got a Hold on Me”を大胆にサンプリングしている。ここで注目したいのはAviciiはEDMというムーブメントの実態からは考えられないようなブラックミュージックに対する参照が多いのだ、それは自動車メーカー"VOLVO"とのコラボレーションでリリースされた楽曲がNina Simonsのヴォーカルを使用していることからも窺える。


Avicii - Feeling Good(※リリースは2016年※)

 

Daft Punkが”Random Access Memories”のリリース時にインタビューでEDMは没個性的だとコメントした、彼らのこの作品が目指すところはEDMに対する疑問や回答などでは断じて無いが、当のアルバムでNile RodgersやOmar Hakimのようなブラックミュージックの高名な演奏家を招聘したことは、結果的に当時の音楽シーンを席巻していたEDMという音楽に対する鋭い批評となり得たことは疑いの余地がない、彼らのこの偉大な作品のお陰?もあって、EDMという音楽が機会的で無機質、感情がない音楽として退けられ、代わりにDaft Punkの”RAM”が真の音楽性を持ったレコードとして矢面に立たされたが、まさにEDMという嵐の目にいたAviciiがブラックミュージックという要素を取り入れていたのは、ひとつの面白い事実として記しておきたい。

 

この時期にAviciiは巨大な成功を収めたが、全てがうまくいったわけではない。


Avicii - 'Fade Into Darkness' (Official Vocal Edit)(2011)

”Fade into Darkness”のトラックはボーカリストに無断使用され訴訟沙汰に発展。
お互いが再び共作しシングルとして発表という形で落ち着いた、後々の曲たちに比べると荒いトラックだがそのぶんプリミティブな良さを残す。

 


Tim Berg - 'Seek Bromance' (Avicii's Vocal Edit)(2010)


Avicii - Silhouettes(2012)

2012年以降は"アルバムのリリースなど楽曲も多くチャートインするようになり、日本でもそれらの楽曲が有名になったが
2010年の”Seek Bromance"はTim Berg名義でリリースされており、後々の楽曲と比較すると典型的なクラブソングに仕上がっている。
2012年の”Silhouette”は曲の構成こそ4つ打ちとドロップのしっかり入ったEDM的仕上がりであるが、完全なビート重視にはなっておらずAviciiの多彩なメロディセンスが自宅でのリスニングにも耐えうるような曲にたらしめている。

 

また、コラボレーションも注目すべき点だ、同じくEDM系のプロデューサーであるNicky Romeroとの共作はAviciiにとってLevelsに次ぐクラブバンガーな曲だろう。

 


Avicii vs Nicky Romero - I Could Be The One



2013〜2014

2013年はなんと言っても、Aviciiのファーストアルバム、”True”がリリースされたことだろう。もともとEDMはその場で盛り上がるためのものである、限りなく即物的であるからアルバムという伝統的、もはや懐古的?なフォーマットとは相性が悪いように感じていたが、Aviciiはアルバムというフォーマットの在り方をしっかりと認識した上で全体に通底した世界観を作り上げたようだ。


Avicii - Hey Brother (Lyric)


Avicii - Wake Me Up (Official Video)

まずは”Hey Brother”にみられるブルーグラスなどのアメリカの伝統音楽を取り入れたこと、"Wake Me Up"ではR&B歌手のAloe Blackをフィーチャーし、PVでは明らかなアメリカの田舎町を舞台にストーリーを展開している。
もちろんマネージャーのアドヴァイスもありUSという巨大なマーケットを意識した戦略の意図も含まれているだろうが、それでもここまで自然にフォークなどの生の音楽を自分の得意とする機械的な4つ打ちのフィールドに持ち込み、落とし込む手腕はさすがとしか言いようがない。
そしてもう1つの特筆点は歌詞だろう。
はっきりいって臭い、それが第1に出てきた感想だ、「兄弟よ!お前は愛を信じれるか?!」などなど、繊細な比喩表現や難しい技巧などはそこになく、あるのは若干22歳の彼がまだ短い人生で得てきた人生の真実(true)をこれでもかというくらい直球にアジテートしていくAviciiの熱さだけだ。
初めこそこの熱さに少しゾッとするような嫌悪感を覚えたが、アルバムを聴き終える頃には当たり前すぎて誰も言わなくなった重要なことについて再確認させられたような気になる。
セールス面では20カ国以上でチャートのトップを獲得し、Aviciiを世界的なDJではなくミュージシャンとして押し上げた。

 

また、コンスタントにコラボレーションも継続、2014年にはUKの世界的ロックバンドColdplayとの共作が話題を呼んだ。Avicii名義としてではなくあくまでColdplayのアルバム”Ghost Stories”への楽曲提供としておこなわれた。


Coldplay - A Sky Full Of Stars (Official Video)

 

2015〜引退

2014年の”The Days”と”The Nights”の2曲のシングルカットを皮切りに2015年、Avicii2枚目のスタジオアルバムとなる”Stories”がリリースされた。


Avicii - Waiting For Love (Lyric Video)

アルバム冒頭の収録曲である”Waiting For Love”は Aviciiらしいフォーキーな仕上がりかつクラブライクな構成は盛り上がり所もわかりやすく、誰でもノリやすい。
プロデューサーとしてオランダのDJ、Martin Garrixが名を連ねているのも注目点だ。 「全ての曲には伝えたいストーリーがある」と本人が語る本作は、新しいというよりかは前作"True"からより洗練されたような楽曲が並んでいる、またほとんどの作業をAppleのラップトップで完結させてしまう現代プロデューサーのベッドルーム的手法からほとんどの曲をアコースティックギターからインスピレーションを求めて作り上げたため、よりDJなどのクラブカルチャーから離れた、堅実な音楽性を伴った作品に仕上がっている。

もう一つの特徴はボーカルだろうか、今作も前作同様多彩なゲストボーカルを招いての制作となったが、サウンドプロダクションのみならず楽曲中の歌詞でもAviciiは前作以上に深く関わって作ったと語る。
また珍しく収録曲の”True Believer”ではオートチューンによってほぼ原型はとどめていないがAvicii本人のボーカルを聴くことができる。


Avicii - True Believer (Lyric Video)

 

2016年にはコカコーラとのタイアップが発表され、それに伴いCMのキャンペーンソング"Taste The Feeling"が発表された。オーストラリアのシンガーConrad Sewellをゲストボーカルに迎えて制作された同楽曲にAviciiは「誰もが普遍的に持っている、コカコーラを開けた時の音、最初の一口目の味」のイメージを狙ったと語る。


“Taste the Feeling” by Conrad Sewell

 

 

 

そして、2016年突如公式サイト(Avicii | Official Site)で音楽活動の休止を発表。
記事冒頭にもある通り、マネージャーを始めとした自分のチーム、関わってきたミュージシャンやファンに対して感謝を綴り、自分が車でアメリカを横断した経験談を交え ひとりの人間として生きるためにDJ活動は2016年をめどに休止することを語った。 おそらく、DJとして世界中を飛び回りながらさらにミュージシャンとしてスタジオワークもこなしていくという驚異的なハードワークによって体がもたなくなってしまったのが大きな原因だろう、現に何度も体調を崩し手術もして、ツアー(日本公演3度も!)もたくさんキャンセルしてしまうような状況だったからだと考えられる。
DJ活動の休止という決断に多くのEDM系大物DJたちも驚きつつ、Aviciiのキャリアを讃える声明を発表している、カナダのDJ、プロデューサーであるDeadmau5はその毒舌ぶりからAviciiともSNS上で口論に発展したことがあったが、引退の知らせを受けて自身のTwitterでAviciiの決断を讃えた(「俺は2回もやめようかと思った」という皮肉も)。 

 

ここまでで、ざっとではあるが2016年の休止宣言までのAviciiのキャリアをおさらいした、所々重要な曲が抜けていたりもっといい曲があったりするだろうがそこまではカバーできなかったのは申し訳ない、しかしここからもっともっとAviciiのことを調べれば 深い部分まで知ることができると思うし、Aviciiが短い年月で築いてきたものをもう一度聴けば新たな発見があるかもしれない、ともあれEDMといえば一般的な認識でいえば「チャラい」や「みんな同じ曲」という声が多いかもしれないが、そのEDMというムーブメントがこの10年代に発生しなかったら、Aviciiは現れなかったかもしれない。
多くのEDM 系DJがプロデューサーとして曲を作る中で、クラブライクではなく家でのリスニングにも耐えられるような曲を目指すようになったが、Aviciiはその傾向をいち早く捉え、自分が先導してクラブという狭い世界だけでなく世界中のどこでも聴かれるような音楽を目指した、そのセンスや方法論はまさにポップスであり、もはやEDMやクラブカルチャーといった枠組みを超えたところでAviciiは自身のキャリアを築いてきたと言える。
Aviciiはもうすでに現れて、世界にたくさんの音楽を残して、去っていった。
Aviciiはおそらくまた戻ってくるだろうし、2017年は意外に早くサプライズとしてEPが発表された、DJとしての活動は休止されたがAviciiはこれからも音楽を通して世界にコンタクトを取り続けてくれるだろう。
これからのEDMがどうなるか、クラブカルチャーは?、USのシーンは?、UKのシーンは?、世界中に新たなムーブメントが起きるだろうか?、その時Aviciiは何をしていて 世界に対してどんなことを仕掛けてくるのだろうか、それら全てはまったく予想がつかないことだが、それが音楽の面白さでもある。
今はまだ、Aviciiが紡いできた真実の物語を楽しんでもいいのではないだろうか。